東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1074号・昭51年(ネ)1080号 判決
2 前掲各証拠によれば、被控訴人は、昭和二四年九月一〇日以前の日に前認定のように手付金を支払って高橋しげとの間に本件土地所有権を代金一万二、〇〇〇円で買受ける契約を締結し、その頃手付金を支払い、本件土地の引渡しを受け、昭和二四年九月一〇日には代金残額を完納したこと、当時本件土地は更地で、雨が降ると水がたまって流れ、小川のようになる低地であったこと、そこで被控訴人は右引渡しを受けると先ず本件土地に土盛りをし、この上に小さい物置小屋を建てたり、柿の木を植えたり、物干場に使用したり、当時隣地で営業していた飲食店でたまる空箱等の置場に使ったり、鶏や山羊の飼育場に使用していたが、昭和二六年からは本件土地のうち約六六・一一平方米(二〇坪)を訴外菊地に建物所有の目的で今日まで賃貸し、昭和二八年にはその余の本件土地上に被控訴人の家屋を建築してここに居住し始め、すでに昭和二四年九月一〇日前から、本件土地の公租公課を支払い、爾来今日まで本件土地を占有し、その管理、使用を専行して来たこと、その間控訴人らからは本件土地についての権利主張は一度もなされなかったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
このように高橋しげは、自己の相続した本件土地の共有持分三分の二のみならず、夫庄二郎の前記五名の兄弟姉妹の相続した持分計三分の一(他人の権利)をも含む本件土地の所有権全部を被控訴人に売渡したことが認められるのであって、このことは前掲甲第一号証に「本件土地二筆を一万二、〇〇〇円で被控訴人に売渡して代金を受領したから自分が登記手続を完了しなければならない」旨記載されていることによっても明らかである。
3 前記認定のとおりの被控訴人の占有によって、被控訴人は所有の意思をもって善意、平穏かつ公然に本件土地を占有していたことが推定されるし、前認定のとおり昭和二四年九月一〇日前に手付金を支払い契約を結んで簡易の引渡しを受けて占有を始めた時には、三分の一についても所有の意思があったものと認められる。
4 右三分の一の持分についての被控訴人の占有は他主占有であると控訴人関口八重ら一一名は主張する。
しかし占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によって客観的に定められるべきものであり、前認定のとおり被控訴人は本件土地の所有権の全部を譲り受けることを内容とする売買契約に基づいて本件土地の引渡しを受けたのであるから、被控訴人が右売買によっては本件土地の所有権のうち前記三分の一の持分権を取得できなかったとしても、前記認定のとおりの被控訴人の占有は、本件土地所有の意思をもってする占有であったといわなければならない。
たしかに前掲各証拠によれば、被控訴人は、本件土地の引渡しを受けた後に、登記所の係官、鈴木育仙弁護士又は同弁護士から説明を受けた前認定の同居人から、本件土地の三分の一の持分は被相続人高橋庄二郎の兄弟姉妹に相続によって帰属していること、当時右兄弟姉妹全員の所在を明らかにすることができなかったこと、及び二〇年経過すれば被控訴人が時効取得することができ、被控訴人の所有になる旨の説明を受けたことが認められ、右事実によれば、被控訴人は、右説明を受けた後には右三分の一の持分が自己に完全に帰属していると信じるわけにはいかなかったのであるけれども、このことから占有を取得するにつき所有の意思がなかったということはできない。
5 そうだとすると、被控訴人は、おそくとも昭和二四年九月一〇日から二〇年の昭和四四年九月一〇日の経過とともに、本件土地所有権のうち前記三分の一の共有持分権をも、時効によっておそくとも昭和二四年九月一〇日には遡って取得したことになる。
(岡松 賀集 木村)